assyschwarz's diary

最近のブログです。

存在

存在を考えれば分かる。
この世界には、人間である、それぞれの存在しかない。
自分の世界と、自分の存在は同じだ。
環境や場と関係して、色んな人の事実を吸収して、生きている。
あとは、認識を作れば分かる。
1つ1つのことが分かる際に、数学のような体得を行うことが出来る。
数的に分かり、学習的に分かり、方法的に分かり、普遍的、観察的に分かることが出来る。
そのまま、試して、可能性を考えて、実現することが出来る。
存在の意志と視点を考えると、良く分かる。
存在は、行為し、外的な作用によって楽しみを得て、人を支配し、心理的に操作することが出来る。
そこから、理想の関係と信頼や協力が生まれる。
あとは、読んだものをそのまま書けば良い。
フランス絶対王政の王で、太陽王と言われる、ルイ14世は、朕は国家なりと言った。
フランスの最盛期の王だ。絶対主義の絶頂期であり、黄金時代だ。
ブルボン朝、第三代の国王である。
絶対王政の王だから、国王個人の力が強い。
彼を支えたコルベールとともに、重商主義を行った。
1.従来のギルド的な工業形態を規制し、輸入品の製造をマニュファクチュア形態のもとに保護した。
2.保護関税政策によって貿易を促進し、植民地の開発を積極的に行った。
3.国内関税の改革・運河の開通などによって、国内産業の発展を図った。
4.海軍力を高め、諸種のアカデミーによって文芸や科学を保護した。
あとは、軍制改革と侵略戦争を行った。南ネーデルラント継承戦争オランダ戦争、ファルツ戦争、スペイン継承戦争だ。だが、侵略戦争は、スペイン継承戦争を除いて、十分に目的を果たすことが出来ず、多くの国費と人間とを浪費して、フランス衰退の原因となった。
また、ナントの勅令を廃止したため、ユグノーが国外に逃亡し、経済の衰退の原因となった。
ルイ14世だけでは、フランスは分からないが、その後にフランス革命による共和政とナポレオンによる帝政が起きて、フランスは動乱の時代になった。
従来の産業ではなく、輸入や植民地などの貿易で儲けるのは、戦後日本と良く似ている。
その後に、いくらか絶対王政の王が続き、フランス革命が起きる。
フランス革命は、特権身分と第三身分の対立から生まれた。
三部会、国民議会、立憲議会、バスティーユ襲撃、人権宣言、ヴェルサイユ後進、オーストリアプロイセンへの宣戦、ジャコバン派など、色々な諸事があって、恐怖政治(第一共和政)の後、ナポレオンが台頭して皇帝になった(第一帝政)。
ナポレオンは、多くの内政改革を行ったが、ナポレオン法典と呼ばれる民法典の制定が特に重要だ。
ナポレオンは、ヨーロッパと戦争して、大帝国を作った。ナポレオン的ヨーロッパが出現した。
ナポレオンは、ロシア遠征で失敗し、没落した。ライプツィヒの戦いで同盟軍がナポレオンを破り、ナポレオンはエルバ島に流された。
その後は、王政に一度戻って、ウィーン会議が開かれた。ヨーロッパの新しい秩序である、ウィーン体制になった。だが、フランスでは七月革命が起きて、ウィーン体制が解体された。
七月王政では立憲君主政だったフランスでは、王党派と共和主義者による対立が起きた。また、社会主義の思想の影響もあった。二月革命が起きて、第二共和政となった。
その後に、ナポレオン三世によって、第二帝政が行われた。
よく読んでいないので、間違っているかもしれない。
その後に、色々と沢山のことがあって、パリ=コミューンによる社会主義的政策の実施や、第三共和政が実施されている。イタリア統一戦争によるイタリア王国や、ビスマルクなどによるドイツ帝国などが統一した。
良く分かっていない。拾い読みと言うよりは、いくらか眺めて分かった。もっと、諸事の出来事が多い。革命から各国統一まで、色んなことがあった。